UNITED STATES MARSHALS
![]() |
![]() |
![]() |
|||||
| 連邦として最初に統一されたファーストイシュー。センターシールにブルーエナメル入りの希少なバッヂ。1941年〜1970年の間使用。 | スターリングシルバーで作られたセカンドイシューバッジ(通称パティーバッヂ)1970年〜1980年迄使用された。 | カレント(現行)バツヂ1980年〜1989年の間に支給されたバッヂ。現在も使用されている。現行はブラッキントン製のピンバック。 | |||||
|
USマーシャルという言葉を聞くと人々が思い浮かべるのは開拓時代の一人でバッジを付け、馬に乗って町の治安を守る男の姿でしょうか。1960年代の南部の大学や都市で公民権運動を支援した姿を思い浮かべる人もいるでしょう。夜のニュースを頻繁に見る人であれば証人保護プログラムで保護された、フードをかぶった証人を裁判所にエスコートする姿、テロリストや脱獄犯を逮捕する姿、麻薬取締局と協力して不法なドラッグの密輸を阻止する姿等がおなじみだと思います。しかしUSマーシャルが3世紀目を迎えた連邦法執行組織であることに気づいている人はそう多くはありません。1989年にはUSマーシャルは全米でもっとも古い法執行組織として200周年を祝いました。 USマーシャルの歴史は新しい連邦政府と司法システムが確立された1789年に始まりました。マーシャルとデピュティ マーシャルはそれぞれの司法管轄区の連邦裁判所の保護とサポートを行う任務に就きました。その内に彼らは連邦政府の司法と行政を結ぶ生命線になりました。 今日のUSマーシャルサービスは3000人以上のマーシャルと管理部門の人員を有し、全米と外国にある米国のテリトリーに94の司法管轄区と427のオフィスを持つまでに拡大されました。 マーシャルは1700年代から今朝のニュースの見出しまで、アメリカの歴史の重要な地点に必ず現れていました。FBIが設立されて以来彼らの役割は少なくなってきましたが、1960年代の公民権運動の際の活躍により見直され、また重要な役割を果たすようになりました。USマーシャルの歴史は200年になりますが、まだまだ語られていないストーリーが数多くあります。 |